イギリスの医療DX

イギリスの国営医療サービス、NHS(国民保険サービス)は国家予算の4分の1ほどが投じられるという巨大な事業で、必要に応じて国民の誰もが利用でき、自己負担額は無料またはごく少額というものですが、いわゆるかかりつけクリニックが固定されていて、日本のように自由に病院やクリニックを選んだり変更したりすることはできないそうです。

かねてからNHSはDX計画を公表していますが、新型コロナウイルス感染症はここにも大きな影響を及ぼしているようです。

まず、プラスの側面。
プライマリケア、つまり、いちばん最初に相談に乗ってくれるお医者さんも管理スタッフも、リモートワークの機会が急増したようです。また、従来は対人が基本だった外来の診察もオンラインのビデオ会議が多用され始めました。2019年には1%に過ぎなかったものが7%にも増えたという報告もあります。

マイクロソフトやアマゾンは、NHSのデータ分析を支援しています。データ分析によって、人工呼吸器や病床、医師などのリソースが最も必要とされている場所を特定するためです。NHSの電話相談サービスを通じて匿名かした情報を収集し、これを他のデータソースと組み合わせて危険な地域を見つけ出し、次にリソースがひっ迫するエリアを予想するとのこと。
感染から回復して自宅で療養する患者のためのアプリもリリースされています。「バーチャル病棟」には臨床医がアサインされていて、患者はアプリを通じて診察を受けることができます。また、血中酸素濃度計が貸与されていて、心拍数や体温の変化を追うことが可能で、悪化の兆候があればアラートが発せられて、再入院などの準備が行われるようです。

このように、新型コロナの影響で、NHSのデジタルトランスフォーメーションは加速したことは確実のようです。

次にマイナス面。
医師の多くはデスクトップPCを使っていたため、ビデオ会議をするにはWebカメラを接続したり、別のタブレットやスマートフォンを使う必要がありました。今後、モバイルPCを配布するとなるとまた巨額の予算が必要になります。
もともと、NHSのシステムは老朽化していますし、医療となると利害関係者が複雑に絡み合うもののようですし、これまで長きに渡って技術的なソリューションを提供していたベンダーとの間には複雑な契約関係がすでに結ばれているので、「変革」には大きな抵抗があるようなのです。ペーパーレス化を進めることが合意されてからも、実際には導入が遅々として進まないこともあったとか。

慌てていろいろなシステムを導入してしまうと、相互運用性を犠牲にしてしまうことがあります。地域の要請を重視して地域ごとに違った枠組みで導入してしまうと、データ連携が難しくなります。そもそも導入を急げば、既存システムとの相互運用性が犠牲になった可能性が高いのではないでしょうか。

退院患者のビッグデータ解析などの成果は、冬に予想されている事態への備えとなる可能性があります。非接触での診断や医療指導が医療関係者の感染リスクを下げることは確実ですから、相互運用性やガバナンスという視点からの交通整理を行いながら、DXの流れを止めずにいくことが今後のイギリスの医療を左右するとも言えそうです。




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